勝手にタカラヅカ

思いつくまま宝塚について考えたことを記録する

お茶会 レポ禁かレポOKか

先日、美弥るりかさんのお茶会が東京であり、その時の様子が「レポート」としてツイッターに流れてきた。
なかでも興味を惹かれたのは、エリザベート大劇場公演の休演に関するコメント。

ツイッターで「美弥茶」「休演」で検索すると出てくる。

だいたい似たような内容が多く、要約すると次のようなものになる。

「休演は自分で決めた。頑張れば千秋楽までできたけど、エリザベートという作品を守ることを選んだ。」

あの休演騒動のなかで、観客として心配し、ドキドキし、経過を見守った一人として、
最初にこのコメントを読んだとき、かなり違和感をおぼえた。
気持ちの奥の方で、なにかがサーッと引くような感覚。

この休演については、以前記事にしている

エリザベート」のフランツが休演。
それによりフランツ、ルキーニ、シュテファンがトコロテン式に代役。
そして一日の休演日も挟まず、2回公演の3連休へと突入。
代役公演の4日間は非常事態だった。

その一番の当事者だった方のコメントがこれか!

けれど、お茶会をレポートをしたツイートはどれも好意的で、
口ぐちに「感動した」「涙が出た」と絶賛している。

この温度差は何だ?

引き続き、同じ「美弥茶」「休演」のワードをGoogleで検索したところ、
もっと長い「お茶会レポート」に巡り会うことができた。

その内容は、もしかして速記でもしていましたか?というくらい具体的な口調で、引用すると以下のような文章。

宝塚では本当にご心配おかけしました。
休演は、自分で決めたところが大きくて。
言い方が悪いですが、無理をすれば千秋楽までできるとも思ったけれど、エリザベートという作品を守るためにはこれが一番よかった…いや、よくはないんですけどね、もちろん舞台に穴を開けてしまったことはあってはならないことではありますが…。本当に苦しくて、でもこういう決断をしました。

これを読むと、美弥さんの心の迷いが伝わってくる。
「作品を守るためにはこれが一番よかった…」「いや、よくはないんですけどね」
「本当に苦しくて」「でもこういう決断をしました」
相反する言葉が前後して登場するあたりもリアル。

多くのツイートにあった「頑張れば千秋楽までできた」というニュアンスの言葉は、実は一番伝えたかった部分ではなく「いや、よくはないんですけどね」とか「本当に苦しくて」とある、揺れ動く微妙な言葉の方に本音があるような気がする。

ただ、この方の文章の内容が100%本物か?と言われれば、それも不確かなわけで…。
真実は、当日その場にいた人にしか分からない。

お茶会という閉じられた空間のなかで、スターさんが目の前のファンに向けて言葉を選びながら話した内容が、まったく別のニュアンスで伝わることもある。

お茶会は会費を払って、スターに会いに出向くもの。
スターとファンの距離が近い分、気を許してしまうのか、たまに思わぬ貴重な話を(ポロリと)されることもある。
そんなこんなも、お茶会ならではの楽しみではあるのだが、そこで聞いたお話や雰囲気は、その場に居合わせた人たちだけが共有できるもののような気がする。

活字では伝わりにくいものがある。ひとり歩きする言葉もある。

宝塚のお茶会は主催者によって「レポートOK」「レポート禁止」に分かれるが、スター級の方々については、いわゆる「レポ禁」の方が良いのではないだろうか。